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風俗のお仕事を選んだという

射精をするときに気

俺がぼかんとしていると、身柄を確保する!そして俺はパトカーの後部座席に押し込まれ、所轄の署に連行され、取調室に入れられた。さっき殴った衆議院議員の私設秘必書から通報があって、暴行の容疑で取り調べを受けることになったんだ。俺は取調官に訴えた。
「ところで、その秘書って名乗ってる男の身元は調べたんですか?」???すると、調べてないって言うんで、調べるように頼んだ。しばらくすると、一人の警官が取調室に駆け込んできて、あわてて言った。
「あの男、マルビー(暴力団)の正規構成員でした!」リリースやっぱり俺の思った通りだ。そして俺はすぐに釈放となった。その秘書って男は、すでに警察のブラックリストに載っている政界ゴロで、検索するとすぐにヤクザだと分かったんだ。そんなのを秘書にする政治家も政治家だけど、奴の普段の生活というのがまたひどかったんだな。取調官にきくと、奴は肋骨を数本折って重傷らしい。まあ、これでしばらくはおとなしくなるだろう。俺は溜飲が下がる思いで、意気揚々と交番に帰っていった。同じく二八歳の時だ。その日は非番で、遊びに行った帰りのことだった。
当時住んでいた独身寮の門限の一一時まであと一五分足らず。俺はタク二度目に捕まったのも、シーを飛ばして家路を急いでいた。牛込の商店街を通りかかると、道路の端に男が倒れているのが見えた。俺は運転手に言って、急いでタクシーを停めてもらった。俺が駆け寄っていくと、倒れていたのは中年の親父で、眼鏡のレンズが割れて片方の耳からぶら下がり、顔中血だらけでうめき声をあげている。目の前には洋服店があり、
ショーウインドーがめちゃめちゃに割られている。どうしたんだ。泥棒か?親父は痛みに顔をしかめながら洋服店を指差して言った。親父を抱き起こしてきくと、「店に、ヤクザが……。因縁をつけてきて……。中に息子がいるんです」
近くを見ると、中には若いヤクザが二人いて、親父の息子らしき二五、六歳の男をボコボコにしているところだった。
一人が息子の髪を引っつかんで羽交い締めにし、もう一人が、「バカヤロー!コノヤロー!」怒号をあげながら顔面を殴っている。息子は抵抗もできず、殴られるままになっていた。顔は腫れ上がり、もう目もふさがっている。と、俺は、殴ってるヤクザに背後から近づいて、いきなり脇腹にドカッと蹴りを入れた。驚いて振り返ったところへ、こめかみに正拳突きを入れあっけなく気絶して、たら、頭から倒れた。よーし、このくらいでやめといてやるか、と思って、俺が警察手帳を取り出そうとしてジャンパーの胸元に手を突っ込んだ瞬間、髪をつかんでいたほうのヤクザが、脱兎のごとく走って逃げた。向こうは、俺が刃物か拳銃を出すと思ったんだろう。待てこのヤロー!俺はそいつを追いかけて、後ろからタックルし、首を絞めてひねり倒した。そしてパッと立ち上がってから、そいつの胃のあたりを狙って、ガツンとかかと落としをくらわせた。
「という空手の技だ。踏み込み」ギャーツものすごい悲鳴をあげて、そいつはエビのように身を折ってもがき、胃の中のものを一気に吐き出した。
そこへ、洋服店の親子が駆け寄って来て、今、警察呼びましたからと言う。パトカーのサイレンが近づいてくる中、俺はなおも、倒れている奴の腰や腹をガンガン蹴りつけてやった。すると、俺はいきなり後ろから羽交い締めにされた。見ると周りには警官が五、六人来ていて、俺は包囲されていた。
「暴行傷害の現行犯で、逮捕する」俺はまたパトカーに押し込まれ、牛込署に連れて行かれた。取調室で俺が、「勘弁してくださいよ。あいつらヤクザですよ。被害者いたじゃないですか」と言うと、取調べ官に、
おまえは暴行の現行犯なんだ!うるさい。と怒鳴られ、持ち物を全部出すように言われた。しかたなく、財布からストリップバーの割引券から全部机の上に出していき、最後に警察手帳を出したら、いきなり取調官が黙ってしまった。

デリヘルやってた子ってセックスでイケるそして数秒間の沈黙の後、警官たちがひそひそと密談を始めた。
どうしようか、まずいな……なんて言いながら、俺の警察手帳が本物かどうか、蛍光灯に透かして見たりしてるんだ。それで結局、所轄の当直に問い合わせて、そういう人間がいる、ということが分かり、俺は釈放になった。寮に帰ったら、門限を破ったってことで寮長には絞られるし、さんざんな夜だったな。三度目は二九歳の時。任務で行った先の交番で、なんと同じ警官に訴えられた。交番の書類棚をあさって、捜査に必要な重要秘必密書類を見ていたところ、奥で寝ていたその交番の巡査が起き出してきて、大口論になったんだ。それで、不法侵入やなんやらで検挙される目に遭った。まったく、俺よりも、勤務中に寝てる警官のほうをどうにかしろよな。この件については、前の章で詳しく紹介してある。-転校の度にケンカでのし上がった学生時代ここでちょっと、俺自身について話そう。俺の父親は内科医で、勤務先が変わるたびに引っ越しを繰り返し、俺は何度も転校することになった。新入りっていうのはやっぱり目をつけられる。転校初日に呼び出され、殴りかかられるのはザラだった。
しかし、俺は六歳の頃からじいさんに柔術を仕込まれているから、そんな奴らはいつも、こてんばんにぶちのめしてやった。するとそのうち、一対一だと俺が必ず勝つということが知られて、複数の軍勢でかかってくるんだ。ぐるりと囲まれて、一対六なんてこともあったな。そこで、俺は自分なりの拳法を編み出した。お互い子供でまだ筋肉がついてないから、正面からついてくるストレートパンチが弱い。そこで、遠心力を利用して横殴りに打つと、鼻がぼきっと折れるんだ。俺は、小学生ながら遠心力を応用して、拳の使い方を編み出していた。それで二人くらい倒すと、あとの奴もすくみ上がってかかって来なくなる。それでその戦争は終わり、そこから先は実に居心地がいい学校生活が待ってるんだ。それでまた転校すると同じことを繰り返して、小学校の間だけでそんなことが三回くらいあった。
高校時代は、さらにケンカ三昧の生活を送っていた。
四人に一人が医者の子、というようなお坊っちゃん学校だったから、不良高校生からは格好の恐喝のターゲットにされていた。俺には自分の高校を守らなければ、というような愛校心はさらさらなかったが、学校に乗り込んでくる不良どもは片っ端からぶちのめしてやった。するとそのうちに、強い学校の奴らから認められるようになって、高校一年の時いろんな高校の番長たちと兄弟分の盃を交わしたりしていた。飲めない日本酒で、から、いっぱしの極道みたいに盃を交わすんだ。ただ、悪いことは一度もしなかった。恐喝も、窃盗も、万引きも、もちろん強姦もしたことがない。ただケンカ三昧で、豪快な不良たちとの付き合いを、毎日楽しんでいたんだ。それから、東京のそのエリアを仕切っている、城北ブロック番長会議っていうのに出席したりもした。

 

セックスに熱中しっぱなしですからね

その会議っていうのは、どこどこの高校の野郎がさらわれて袋叩きにされたけれど、どう落とし前つけるか、とかいうことを話し合うんだ。だいたい暴力団員の息子が仕切って、賛成か反対かを民主的に投票で決める。どこそこの不良グループがうちの学校の女子をさらって強姦した、という事件があると、何人で輪姦したからいくらと査定を付けて、その金を誰が取り立てそして、に行くか、っていうことなんかも話し合って決める。
要するに、ヤクザの落とし前の会議と同じことをやっていた。案の定、そいつらは後にみんな暴力団員になった。住吉、稲川、東亜友愛事業連合、極東会とかメジャーな暴力団に所属して散り散りになり、なぜか俺だけが警官になったわけだ。ーケンカ大好き一家で育てられた俺にケンカを仕込んだじいさんっていうのは、東北大学医学部卒で一八三センチ、一○○キロという巨漢で、若い頃から武術の大会で優勝しまくっていた。北海道の炭鉱病院に勤めていた時は、荒くれの炭鉱夫やゴロツキたちが病院から金をせびろうとやって来て、毎日のように、医者が殴られたり看護婦がさらわれたりしていた時代だった。そこで、じいさんが、病院の用心棒を兼ねた医者として採用され、日に十何人もゴロツキどもを投げ飛ばして退治するようになった。
その活躍ぶりに警察が目を付け、警察の武術指南役になり、柔術を教えながら検死官もやっていたという。すごい嘱託医だな。そんなじいさんも歳を取って足が悪くなり、ステッキをついて歩くようになった。といってもそれは武器を兼ねていたんだ。当時のヤクザはみんな胸にドスをのんでいて、何かあると刃物が出てくる時代だった。素手で対抗するとなると柔術でもかなわないっていうんで、ステッキを持ち歩いては、しょっちゅうヤクザとケンカしていた。祭りの時なんかは、俺を肩車して縁日に行くんだが、そこで何かもめごとがあると、すかさずじいさんが出ていって止めに入る。相手がかかってくるとステッキでビシビシ打ちのめして、ゴロツキどもが一○人ぐらいマグロみたいに路上に転がっている光景をよく見たもんだ。俺の父親もそんなじいさんに仕込まれて、腕っぷしは強かった。
その上正義感も強くて、俺が中学生になると、一緒に電車に乗っていて車内で煙草を吸ってる奴がいると、
俺に注意させに行くんだ。当然のことながらケンカになるんだが、抵抗したら殴れって言うんで、親の前でしょっちゅう人を殴ってた。父親の言い分は、「そのためにケンカの仕方をじいさんから教わったんだから、どんどん使いなさい」ということだった。母親も小児科医だったがなかなか気の強い女で、ケンカしたら絶対に負けるな、ってよく言われたもんだ。殴られたら殴り返せ、いやむしろ殴られる前に殴れ、くらいのことを言ってたな。俺のケンカ人生の基礎は、こんな暴力肯定の家庭で築かれた。-中学一年から肉体労働のアルバイト俺は、結構裕福な家庭に育った。
エッチができなくて童貞を捨てられず股間に手が伸びしかし、うちの両親がちょっと変わった人たちで、「必要なものは全部買ってあげるけど、遊興費は自分で稼ぎなさい」というポリシーがあった。それで、俺は中学一年の夏からアルバイトを始めた。仕事は、給料のいい肉体労働ばかりを選んだ。鉄工所で働いたり、中学三年にもなると、さらしの腹巻巻いてダボシャツ着て、ダンプの上乗りをやったりもした。上乗りっていうのは、ダンプカーが砂利や廃棄物なんかを積んでくると、荷台に乗ってそれをスコップで下ろすという作業だ。高校生になると、もっと重労働の、道路工事とか駅ビルのエ工事なんかの土木作業員もやった。デパートの倉庫に荷降ろしする仕事なんかもやったな。それで、二○年以上前の当時で、一日五、六○○○円は稼いでいた。そんな生活をしているうちに、めきめき筋力が鍛えられて、大学に入る頃には、プロのヤクザとケンカしても、一度も負けたことがなかった。当然そいつらからの報復があって、夜中に家に押しかけられたこともあった。すると父親が玄関先に出て行って、奴らを相手に理路整然と非を説く。それで、「もう警察に電話してある」って、ハッタリをかますんだ。もういつでも来るぞ、その辺にもう刑事が見張っているはずだ、と言ったら、みんなあわてて帰って行った。
だいたいいつも父親が一緒に戦ってくれた。ケンカ好きなもんで、修羅場には出て来ずにいられないんだ。やっぱりじいさんの血なんだろうな。そうやって、大学に入ってからは、用心棒のアルバイトも時たまやっていた。これが一日で一○万円くらいくれるんだ。金貸しのじじいが常に命を狙われてるっていうんで。月に一度か二度、いつもついてるレギュラーの用心棒が実家に帰る時があるんだが、ヤクザに頼むと高いし、義理がうるさいっていう。すると、大学のOBを通じて、空手や柔道をやってる学生を調達する人が来る。
一日で一○万円か、ヤクザって儲かるなー、とその時は思ったが、なんだか心が汚れる感じがして、これにはまるのはよくないな、という気がした。
まあ、後に警官になってからも、声がかかれば何回か用心棒をやることになった。何といっても、金になるんだから全く情ないが仕方がないよな。ーマリファナとケンカに明け暮れたイギリスでの生活俺は一年間イギリスに留学した。
大学四年の時、ただ飛行機でびゅんと飛んで行くんじゃつまらないから、おもしろい行き方をしようと思って、まず横浜からロシアの船に乗って、ずーっと三陸沖を通ってナホトカという港まで行き、そこから延々シベリア鉄道でヨーロッパ大陸を横断して、イギリスに渡り、ロンドン大学に一応在籍した。当時のイギリスはマリファナ全盛時代で、授業が終わると、休憩時間には必ずみんなマリファナを吸っていた。俺が滞在していた留学生専門の下宿屋でも、煙で廊下が紫色になるくらいだった。法律で禁じられてはいたが、そんなことはおかまいなしにやっていた。
そこでは男女の恋愛関係もすごくて、いろんな国の奴が、女を取った取られたでしょっちゅう殴り合いのケンカをしていた。
それから、誰かが自分の国を蔑む発言をしたとなると、また大乱闘。下宿中が、ものすごいセックスと暴力の館なんだ。それで、裁定を日本人にしてもらおうっていう風潮が昔からあるんだ。なぜか、向こうの人間は、日本人は世界で一番強いと信じている。日本人は遠くから来て、ヨーロッパとかアフリカ大陸と関係なく、公平だろうっていうんで、俺のところへ来る。それで、よく仲裁役になったりもした。下宿から駅までの間に、貧民街があった。そこにはチャイニーズやアフリカン、アラブ人たちが住んでいたんだが、ここがまた柄が悪い所で、しょっちゅうケンカになった。

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学校へ行く前の一仕事っていうくらいだった。そこにはウエストサイドストーリーみたいな不良グループがいて、パーティーを主催して稼いでいた。ある時、奴らのパーティーに参加したら、クロークになっている部屋に泥棒が入って、コートや荷物を全部盗られたことがあった。実は主催者が仕組んで、売り飛ばすためにやっていたということが後で分かった。そこで俺たちは主催者をボコボコにしてやった。すると奴らは、次の日から毎朝俺たちを待ち伏せしていて、そこらの水道管をはずして殴りかかってくるんだ。というわけで、俺たち同じ下宿屋の日本人三人グループと、その貧民街の不良グループは、しょっちゅうケンカしていた。でも、いつも必ず最後にはこっちが勝った。それでも一回だけ、奴らと俺たちは非イギリス人同士、仲良くパーティーをしようということになった。前に、イギリスの白人がパーティーをすると、有色人種が全員締め出されたことがあって、今度は白人を差別してやろうっていうんで、有色人種以外お断りのパーティーをやったんだ。すると、今でいうフーリガンみたいな白人たちが会場に殴りこんできた。革ジャン着て、モヒカンの奴らと大乱闘になった。
ポリスが来てパクられそうになって逃げたっけ。そんなことも数え切れないほどあったな。
当時イギリスでは、法律で禁止されているとはいっても、やはり根強い人種差別があった。ヨーロッパのレストランに多いんだが、看板がなくて、表に鉄のバーだけが突き出ているレストランがある。俺がそのレストランに行こうと言うと、ユダヤ人の留学生がやめとけ、って言うんだ。そこは白人以外入れない、と。どうして分かるのかというと、その鉄のバーは有色人種お断りの、無言の意思表示らしいんだ。じゃあ入ってみよう、と俺は言って、そいつを無理矢理連れて店に入った。そうしたら、一応席には着かせてくれるんだが、三○分経っても一時間経っても注主文を取りに来ない。Excusemeと一○回くらい言っても、ウエイターは「Illbewithyouinaminute.」って言うだけで、ちっとも来やしないんだ。しょうがないから、調理場に入って、シェフに「一時間待ってるんだけど、メシ作ってくれないか」って言ったら、シェフが有色人種で、肉料理を作ってくれた。それを無理矢理調理場から持ってきてテーブルの上にドンと置いて食ってやったんだ。ウエイターもマネージャーも、もう面目まるつぶれなんだけど、こっちはもう食っちゃってるわけだ。
風俗を転々とする錦糸町風俗旅行

人妻デリヘル嬢である奈緒にとって

それで、金を置いて帰るという嫌がらせを何回かやっていると、店側は根負けして、俺だけは客としてまともに扱われるようになったんだ。そうやって、人種差別に対抗する行動をしてはおもしろがっていた。いやあ、実に楽しかったな。

空手を教え、山賊に遭いながらの旅

学校の休暇中には、ヨーロッパ中を回った。シャモニーでスキーをしたり、ずいぶん豪華な生活をしていた。親からの仕送りがあったので、アルバイトもせずにいられた。留学生でドイツ人の彼女ができたんだが、国に帰ってしまった。俺はその女を追いかけてドイツに住みたいと思って、日本に電話したんだ。すると、父親に、そのうち、ドイツで何するんだって言われたんで、「いや僕はドイツで……。その、お父さんの意に沿うような勉強をなんでもします!」なんて言ったら、なんかおかしいぞ、と怪しまれた。
そんなことではまかりならん、学業をまっとうして帰れ、ってガチャンと電話を切られてしまった。それ仕送りがばったり途絶えてしまった。これはヤバイ、生命の危機だ、とアルバイトを始めた。から、当時、ロンドンに柔道と空手の道場がいくつかあった。そこにたまに遊びに行くと、白人の先生しかいなくて、生徒がほとんどいないんだ。それで、日本人を置けば目新しさで生徒が集まるんじゃないか、ということで、客寄せのアイテムとして俺が雇われた。そうすると、生徒がどんどん集まるようになったんだ。先生は俺に、道場の隅っこで腕組みして立っててくれればいいよ、実技は俺が全部やるから柔道着着て、黒帯締めて、下手糞な空手を教えてるんだ。
それで見かねて、俺、空手できますよって言ったら、教えてくれってことになって、アルバイト料が一気に二倍に跳ねなんて言って、
上がった。
そこで教えているうちに、弟子も増えていった。良家の息子だとか、サーの称号がつく紳士まで空手を習いに来て、一気に社交の世界が広がっていった。いろんなパーティーにも招かれて、先生に「MyKARATEInstructor」なんて紹介されて、王族の住んでいるお城に案内されたりもした。それでかなり儲かって、その金を貯めてドイツに行こうと思ってたんだ。ところが肝心の例のドイツ人の女とはつまらんことで破局しちまった。もうロンドンも飽きたし、どうしようかと思ってたら、留学生仲間で、同じ早稲田大学の学生から電話があった。
「俺今ローマにいるんだけど、来ない?」ローマいいとこ、メシはうまいし、姉ちゃんはきれいだなんて言うから、留学中止。
すぐに下宿を引き払って、いきなりローマへ飛んだ。しばらくローマに滞在したがすぐに飽きちまった。それから、二人で陸路でローマから中近東を横断して香港まで行こう、ということになった。その旅の途中、トルコとイランの間の、すごい切り立った山脈にさしかかったところで銃撃されたこともあった。そこは日常的に山賊が出るところで、俺たちは山の上から狙い撃たれた。幸い、水と食料を探しに行くために車から降りてたから無事だったが、車に戻ったら、ベンツの助手席のフロントガラスに穴が座席に弾がめり込開いて、んでたのには驚いたな。
その前のイスタンブールじゃあ、真っ昼間の市場で、麻薬の売人がマリファナを売りつけに来るんだ。一度買ったが最後、あとをつけられて、宿を覚えられて、何度でも売りに来る。ある夜、ホテルにイスタンブールの警官隊がどーっと入って来て、俺達以外みんな一網打尽で捕まったことがあった。買った麻薬を取り上げられて、手錠をかけられて、警察署に連れて行かれたんだが、手錠をかけてから、その警官がしばらく動かないんだ。なんだろうと思ったら、「パスポートに金をはさんで出せ」って言うんだ。その時に米ドルなんかをはさんで出したら、手錠をはずしてくれるっていう。要は、警官と売人がグルになってるんだ。実は、昼間の売人は警官が私服で化けた姿だっていう話もあるくらいだ。あそこでは金で何でもカタがつくんだ。実際ナメてやがるぜ。アフガンで大乱闘になって、逮捕されたこともあったな。
映画を観に行ったら、後ろにいたイラン人が、一緒にいた友達の髪を引っ張ったり、椅子を蹴ってきたりして、ものすごく態度が悪いんだ。それでその友達が、とうとう振り向きざまに相手の顔に一発パンチを入れた。そうしたら映画館中にいる男たちと、俺たち旅行者五人の、四○対五の戦いになった。俺は殴って殴って殴りまくってやった。手首がぶっとく腫れたぐらいな。すぐに警察が来て、全員逮捕されてしまった。すると、正直なイスラム教徒の目撃者がいて、「旅行者のほうは悪くない、彼らはイラン人に髪を引っ張られてケンカになった」と証言してくれて、めでたく釈放された。それでも、何だか知らないけど警官から金払えって言われて、賄賂を払って出てきたんだ。


セックスでイケる 女子高生に声を掛け マン汁でジトジトに濡れてオッパイをゴクゴク飲んでいるという方が近い